田圃の風景
― 佐賀平野 季節のプロムナード ―
佐賀県と福岡県の間に東西に横たわる背振山地は、北の福岡県側は急峻で、
南の佐賀県側は比較的なだらかな山並が何層か連なっている。
連なった山並がが終り、遠く、南の有明海まで続く佐賀平野が始まる所・・・。
そんな所で私は生まれ育った。
古くから稲作が栄え、背後に里山と更に深い奥山を持つ田圃の風景が広がる場所である。
田植えから稲刈までの田圃の小道を、幼い末娘と、
あるいは家内が拾ってきて我家の一員となった拾い犬君と、
カメラを携えて、休日の一時を散歩に費やした。
自分の記憶に甦ってくる風景を捜しながら・・・。
六月
田植えが終った田圃に風が渡る
早苗が並んだ田圃の水面に
緑の山々と 神社の木立が映し出される
稲の成長は早い
この時期のみに見られる田圃の風景である
6月の雨の合間の田圃の散歩道は
思いの外 陽射しが強い
細波を起して
水面に映る山の景色を消してしまう 田を渡る風が
頬に心地いい
七月
雨の少ない梅雨の日 偶然 車の窓から見たクリーク
思わず息を呑むような
ホテイアオイの群生
蒸し暑い空気が
高原の涼やかな空気に変わる
ウォーターヒヤシンス
この名前の方がホテイアオイより合っている
思いがけない クリークのプレゼント
ただ このクリークを埋め尽くす異常な群生の理由が気にかかる
私の推測は クリークの水の 養分過多
九月
夏休みが終り 2学期が始まった休日の午後
とある事から ヒシの実を捜しに田圃のクリークに
稲の花 通勤路の近くにある小さな神社
田圃の稲はもう穂をつけ始めている
腰を屈めて見ると 稲の花が咲いているのに気が付く
稲穂の中の神社の風景は 少年の日の風景
子供の頃の夏休みの日々が 甦ってくる
探し物のヒシの実
去年の実は
今は もう 何処にも残っていないし
今年の実は
今花をつけ始めたところで
実りまでは まだまだ時間を要する
クリークの中で見つけたヒシの花
白い小さな可憐な花
クリークの水面に 身を屈めると
まだ夏の陽射しが残っているヒシの葉陰に
オイカワの稚魚が 見え隠れしている
秋の気配に 稲穂がアーチを描きはじめる
これから 田圃は黄金の季節に向かう
稲の色も 神社を囲む木々の色も
澄んだ空と、雲の色も
微妙な変化を見せて
秋は深まって行く
お彼岸
お彼岸の季節になると
決まって
田圃のあぜ道に紅の花を咲かせる
彼岸花
秋の訪れを知らせる赤い花は
『死人花』
必ずしも 歓迎し難い名前
子供心にもいい印象は無く
この花を手折る事は無かった
それでいて強烈なインパクトで
少年の日の私の心を捕らえた
『曼寿沙華』
最近は棚田と共に急激に評価が上がり
平地の畔にも
この花を多く見かけるようになった
十月
黄金の季節
田の畔草が刈り上げられて
それまで 草の葉陰に隠れていた花を
見つけた
オモダカと
コナギ
昔は何処の田圃でも見かけた花が
今では貴重な被写体になる
1台のカメラを手に入れ事で
それまで見えなかったものが
見えてきた
小さな小さな草花達
腰を下ろし
レンズ越しに見る花は
宝石の様に
輝いている
イボクサと ミゾカクシ
これらの小さな草花は 風景として見ていては 気が付くことはない
身を屈めて レンズを通して 初めて
その輝くような美しさが分かる
愛しみの目で見つめる事が出来る人達だけの
宝物
ひょうたん島
写生会の会場となったと言う自然公園へ
末娘を自転車の後に乗せてサイクリングに行く
稲穂が 午後の光に輝く田圃の道を
風と一緒に走る
後の娘が
コンコンと頭で 背中を押す
娘は 自転車の後ろで夢の中
自然のクリークの中の島を そのまま公園にした素朴な公園である
クリークの無料の貸しボートで水上の自然観察
水上は
涼やかな ウォーターヒヤシンス
ここでも
気になるのが一面の大群落である
しかも 異常と言える程の成長
ヒシの実を見つけた
まだ青いヒシの実である
食べられる様になるには 後1月
稲刈が始まり
あちこちの田圃でコンバインが動き出す
週末は雨・・・
田圃は静けさを取り戻す
雨の日の田圃は
遠景がぼやけて 目障りな物が少なく
何処か懐かしく 優しい
稲刈の終った田圃の風景は
何処と無く もの悲しい
秋の 傾きかけた陽光に
ドボルザークの『家路』が脳裏を過ぎる
田圃の散歩道
稲刈後も田圃のあぜ道には 散歩の足を引き止める
可愛い草花が残っている
昨夜の雨の雫を残した 嫁菜
午後の日溜りにやっと花びらを広げてくれる
可愛らしいミゾソバ
十一月 田の端のナンキンハゼが色付き出す頃
田圃の散歩道の帰りには
天山颪の北風が
頬や耳を横切って行く
田圃のクリークの周りでは
ススキの穂が陽光に白く輝く
そろそろ 秋から冬へのバトンタッチ
早朝の散歩で日陰に霜が目立ってくる
二毛作の佐賀平野では
麦蒔きの準備の時である
そういえばムギマキという野鳥の名は
この時期によく見るからと言う事らしい
いよいよ冬の到来である・・・
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