うすずみの世界   ― 夏の夜の思い出 ― 





少年と言うにはあまりに幼く

むしろ幼年と言うべき頃の 思い出



鮮明ではないが

忘れがたい 記憶の中の風景がある




父が即席で作った番小屋は 四本の丸木の柱に 古板の高床を貼っただけの
少年達が作る『秘密基地』と大して変わらない 簡素な小屋だった

四本の柱と そこに吊られた蚊帳
天井からわずかに蚊帳の中を照らしている 懐中電燈の灯り 

その灯りは 西瓜泥棒が 犯行を諦めるよう牽制製する為の灯りである
そこに西瓜畑の見張り番がいると言う事を知らせる為の・・・


その夏は 収穫期を迎えた西瓜が 大量に盗まれていた


 夕食が終ると 父と母と僕は
 1本の懐中電燈の光を頼りに
 田んぼの畦道を歩いて
 その番小屋に向かった

 人気のない 暗闇の田んぼは
 何故か心が弾んだ

 夜の闇は 幼い僕に
 怖さより 懐かしさや親しさと言った感情を
 呼び起させた
 三人の子供達の中で 僕だけを
 夜の見張り番に連れて行ったのは
 父と母が 僕が夜と闇を友達にしている事を
 知っていたからであろう

夜も 闇も 僕は少しも怖くなかった

番小屋で 父や母とその時どんな事を話していたのか
今となっては 全く覚えていない
父と母は 懐中電燈の光の輪の中で 僕が深い眠りに就き
夜が更けて行くと 僕を一人残して二人で家に帰った

僕は 朝まで眠り続け
頭上の太陽のまぶしさと 額に噴き出す汗に目を覚ますと
一人 田んぼの畦道を歩いて 家に帰った

父や母が夜の内に居なくなっている事に
なんの不思議も感じなかったし
少しの不安も覚えなかった

田の稲が緑を濃くして
遠くで蝉の鳴き声が響く田んぼの畦道を
ポツリ ポツリと歩いて帰った

夏草が茂る畦道を歩いていると
バッタや蛙が飛び出したり
時には人の気配に驚いたシマヘビが
畔の土手から田んぼ方へ逃げたりして 僕を驚かせたが
特別に 感動する事も 驚愕することもなく
日常の事として 幼い僕は ゆっくりと
朝食の待つ家へと歩いて帰った




そんなある夜

番小屋の蚊帳の中で ふと目覚めた僕は
自分が 今 何処に居るのか
一瞬分らなくなってしまった

暗闇の中で ふと目覚めて
又そのまま眠ってしまう事は何度かあったが
その夜ばかりは 思わず起き上がり
膝を抱え込んでしまった

何時の間に昇ったのか
澄んだ満月が
僕の目の前に

銀色に輝く西瓜畑のステージを
作り出していたのである

辺りの田んぼは 濃い緑の稲の葉が
薄墨の風景の中で そよ風に揺らぎ
遠くの集落の木々の根元は 薄い紫の灯りの幼生が
朝がそう遠くない事を教えてくれている

目の前の風景に 心揺さぶられながらも
僕は 又 うとうとと 夢の世界に入って行った

うすずみの世界では 狐の結婚式が行われていた
銀色に輝く 西瓜畑のステージの上で・・・




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